――経営と現場の、どうしようもない立場の違いについて――
AIやデータ活用、DXといった文脈で、似たような失敗を何度も見てきました。
そしてその多くは、技術的な失敗ではありません。
もっと根の深い、「立場の違い」から始まっています。
今回は、よくある一例をもとに、その構造を整理してみたいと思います。
すべては経営の“もっともな一言”から始まる
きっかけは、経営会議でのこんなリクエストです。
「事業や部門ごとの状況を、もう少し俯瞰して見たい」
「意思決定に使える材料が欲しい」
経営としてはごく自然な要求です。
自分のお金で会社を回している立場として、「状況が分からない」のは耐えられません。
ただ、このリクエストは問いとしては正しいものの、
そのままではシステム要件になりません。
現場に降りてきた瞬間、問いは“作業”に変わる
この話が現場に降りてくると、空気が変わります。
-
期限はいつか
-
どのシステムを使うか
-
何をアウトプットすればよいか
抽象的な問いは、
「何か資料を作る」という作業に変換されます。
そして、よく聞くこの一言が出てきます。
「なんか、こんな資料を出したいみたいなんだけど、出せる?」
ベンダーに投げられる“それっぽい要件”
相談を受けたベンダー側も、悪気はありません。
-
深い背景は共有されていない
-
経営の意図までは聞いていない
-
「出せるかどうか」を聞かれている
結果、こうなります。
「このテーブルとこのマスタを結合すれば、
部門別の一覧は出せますよ」
ベンダーは、自分たちのシステムで出せる最大公約数を提示します。
それ以上でも、それ以下でもありません。
出来上がったアウトプットと、雑な検証
出来上がった資料を現場で確認します。
-
数字は合っている
-
元データとも一致している
-
システム的に問題はない
ここで出る判断は、だいたいこれです。
「技術的には問題ないですね。OKで」
しかし誰も、こうは確認していません。
-
この資料で、どんな経営判断が変わるのか
-
どの数字が重要なのか
-
間違えたら困るポイントはどこか
意味の検証は行われないまま、経営に提出されます。
経営会議で起きる、静かな炎上
経営会議で資料が映し出されます。
「で、この資料は、何を見ればいいんだっけ?」
現場は説明します。
-
部門別です
-
システムから出しています
-
一応、最新データです
しかし、経営が知りたいのはそこではありません。
-
「この数字を見て、どの判断をすればいいの?」
-
「ここは良いの?悪いの?」
-
「これに基づいて、何を変えればいい?」
答えられません。
結果、
-
「よく分からない」
-
「期待していたものと違う」
-
「結局、使えない」
という評価になり、炎上します。
誰が悪いのか?…たぶん、誰も悪くない
この話、よくよく見ると、
-
経営は、もっともな問いを投げた
-
現場は、頼まれたから形にした
-
ベンダーは、出せるものを出した
誰もサボっていません。
ただ、決定的な立場の違いがあります。
経営側と現場側の、救いようのない違い
かなり乱暴に言うと、こうです。
-
経営側は「自分のお金で仕事をしている人々」
-
現場側は「人からお金をもらって仕事をしている人々」
つまり、
-
経営側はお金を払う人
-
現場側はお金をもらう人
この違いは、努力や善意では簡単に埋まりません。
「間違っていない」と「満足していない」は両立する
現場からすると、
-
要件通り
-
技術的に正しい
-
データも合っている
でも経営からすると、
-
判断が変わらない
-
期待した価値が得られていない
-
お金を払った意味が見えない
これは、普通に両立します。
経営目線に近づく、いちばん簡単な問い
現場側の人に、最近よく思うことがあります。
それは、自分が「買う側」だったらどう感じるかを考えてみることです。
たとえば、車を買ったとき。
-
スペック通り
-
機能も揃っている
-
壊れてもいない
それでも、
「なんか、思ってたのと違う」
と感じたら、どうするでしょうか。
多分こう思います。
「間違ってはいないけど、期待してたのはこれじゃない」
経営側の「使えない」「微妙」という評価は、
実はこの感覚にかなり近いものです。
おわりに
今回の話は、AIでもBIでも、昔から何度も繰り返されてきました。
最近はそこに「AI」という言葉が乗っているだけです。
問題は技術ではなく、
「お金を払う人の期待」を、誰も翻訳していないことだと思います。
次に「なんかこんな資料出せる?」と言われたら、
まずこう聞けるかどうかが分かれ目かもしれません。
「それを見て、どんな判断をしたいんですか?」
この一言を挟めるだけで、
炎上する確率は、たぶんかなり下がると思います。